LIFE IN UMN #2 9.11? オバマ? LGBT? で、何?

アメリカに来て初めての学期ということもあり、標準科目(基礎(概論)科目<標準科目<発展科目というのが一橋大学商学部の科目難易度で、各難易度別に一定の単位を取らないと卒業ができない)の単位が足りないこともあり、2015年の秋学期には既に日本語で似たような内容を勉強済みの科目も受講しようとした、が割と間違った科目がある。Buyer Behaviorもその一つだ。「英書を基本にした内容だったし、まぁ一緒だろう。アメリカのケース多かったし」という考え方は甘かったのである。

「共感」との距離

先週の火曜日の授業で、先生が受講生たちを適当にグループにわけて、「あなたたちの世代が考える社会で起きた一番意味のある出来事、一番有名な政治家、一番有名なアーティスト、一番有名な本、一番の技術発展を議論し、決まったら前のホワイトボードに書いてください」と指示を出した。議論の途中、私はずっと「へぇ」や「うんー」みたいな言葉しか出さなかった。議論が次々と終わり、みんながホワイトボードに書き出した。覚えていることだけここに書いてみる。

1. 一番意味のある社会的な出来事:LGBT結婚の合憲化、史上初の黒人大統領の当選、9.11テロ、iPhoneの発売、イラク戦争(多分)

2. 一番有名な政治家:オバマ大統領、ヒラリー・クリントン、ジョージ・ブッシュ前大統領(ブッシュ兄)

3. 一番有名なアーティスト:テイラー・スウィフト、ビヨンセ

4. 一番有名な本:ハリーポッター、トワイライト

5. 一番の技術発展:iPhoneの発売、タブレットPCの登場

 

んーなんとなくわかる。しかし、私とは違う。私なら1に3.11大震災と狂牛病問題を書く。2にはノ前大統領と安倍晋三などを書く。3にジャニーズやK-POPアーティストを一人ぐらい入れる。4には最近だと「火花」とか、「これからの正義の話をしよう」は絶対入れただろう。

黒人、というより、有色人の大統領の当選。いかにすごいことは聞いてわかる。そう。「聞いて」わかる。私にこの出来事は単に、現代アメリカの中にいかに人種差別文化が鮮やかに残っているのかを見せてくれた出来事にすぎない。一人の大統領の当選という出来事があっても人はそう容易くかわるものではない。私みたいな有色人が活動している途中に、いつでも透明な天井にぶつかってしまう可能性があるということを示唆している。

LGBTの婚姻の合憲。これは多分人権における素晴らしい一歩であろう。しかし私が感じるには未だに遠い話だ。アメリカで合憲されたって、アジア圏にそれが渡るには長〜い時間がかかるだろう。

一番厄介だと思ったのは、9.11同時多発テロの話だった。正直言って、私はテロについてほとんど共感ができない。しかし9.11はその授業から今日のまで、3回にわたり話題に出た。私が9.11に関して覚えているのはそれが私が小学校1年生の時に起きたことだけだ。いつもと同じ9月12日に起きたらニュースが流れていて、投稿したら授業の前に「多くの人が犠牲された」と黙祷をした。私の中で多分その話題に関する「共感」の要素はない。前学期に当日ニューヨークにいた英語の先生から直接ベランダから見えた壊れ落ちる高層ビルの話を聞いても、まるで昔おじちゃん先生から聞いたベトナム戦争の話を聞いている時と全く同じ感覚だったと思う。これは多分私が幼かったせいで、それよりも「テロ」というキーワードが韓国と日本で住んでいた私にはあまりにも遠く感じられる話題であるからだろう。

その反面、多分教室にいたアメリカ系やヨーロッパ系の学生たちは「3.11」というキーワードに共感を示さないだろう。私のグループの場合、3.11を申し出たら普通にスルーされた。マグニチュード9.0の地震は、たとえそれが日本という先進国でおきてテロの7倍程度の死亡者を出していても、テロより遥かに映画みたいな場面を演出していても、人類史上最悪の放射線事故という人災にまで及んでいても、彼らにとっては私における「テロ」というキーワードへの遠さぐらい遠い、そのぐらい共感ができない話であるのだろう。

みんなが一緒の「共感」を共有しているという前提から始まるところがこの授業の難しさの原因だ。日本での消費者行動論の授業では、日本で共感を呼びおこせないケースについては先生からの説明が付属していた。私はそれを看過していた。先生のパワポからでる広告のポスターや映像を見ても理解するのに時間が掛かる。たまには解説なしには到底わからないものもある。グループワークでも???と思われるケースを中心に話が周り、やりづらい。

もちろん逆もある。文化の差を扱った今日の授業では、授業の前に自分か経験した文化の差を話した。韓国系だと思われる学生が「尊敬語」について話していて、東北アジアでは自分より年上の人に尊敬語を使う、と発表していたので、私はそれを補足し、年齢がほぼ絶対値なのは韓国で、日本では相手との距離なども作用すると付け加えた。授業中にもいくつか日本の例が出た。お坊さんは素足というポスターはアメコミ的な絵柄で多少疑惑があったが、日本のCommodes(便座という意味だが、内容的に多機能ビデ付きの便座の話だと思う)の話には笑った。まず、絵がなくてみんな折りたたみ式の便座がボタンを押すと出て他のボタンを押すとビデが出る感じじゃない?と先生が言ったことを信じること。だから日本家庭の75割にCommodesがあることにみんな信じれない反応を示した。一番の笑いどころは、日本のCommodesからはmusicが出ると書いてあったこと。さすがにと思い、手を挙げ「それ、今みんなが考えている音楽ではなく、水が流される音ですよ」と話した。みんなおおおおお!の反応。授業の終わりには先生が「そういえば、日本では鼻をかむのって無礼らしいじゃん!あはは」と言っていた。

この授業では、内容のせいだと思うけれど、よく外国人であろうが、「アメリカの文化を熟知しているのは当然」という態度を取られる。同時に、「遠い他国の話には詳しくないのが当然」と堂々とした態度を取られる。「あなたは私に共感して当然だけど、私があなたに共感できるはずないじゃない」と言わんばかりだ。

ドロップアウト期限も過ぎているし、もともと最低単位のためドロップアウトもできない。なんとして共感を演じ、生き残るしかない。

そして今まで暗黙中に共感を強要したことを反省するしかない。

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